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解剖学的彫刻・・・・・・のお遊び例:特に見本は無く、解剖学的かつ天然歯らしさを表現したサンプル |
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ゼロから始める歯型彫刻講座 B
先日、ついに本年の歯型彫刻コンテスト「ほるほる」の要項が発表されましたね。 あと5か月もありますから、ここから如何様にでも化ける可能性がありますね!
各専修科の学生さん達や全国のカービングマニア達が、 いよいよエンジンをかけ始めた頃なんじゃないでしょうか。
さて、続いてまいりました歯型彫刻ブログの第三回。
今回は気になる、 「具体的に何すりゃいいの?」 についてです。
そこで実際に私が行ってきたトレーニング方法について、 解説を踏まえて紹介していきたいと思います。
これが絶対!というわけではありませんが、 少なくともこれを続けて最優秀賞まで漕ぎつけたことは確かですので、 何かの参考にして頂ければなと。
私が行ってきた歯型彫刻のトレーニングは下記の通りです。
@解剖学的特徴を熟知する A天然歯模刻を行って答え合わせをする B解剖学的彫刻を行う
……え? ただ天然歯真似して彫ってればうまくなるんじゃないの?
ここからが本題です。
@解剖学的特徴を熟知する
まずは教科書に書いてある解剖学的特徴を把握しましょう。
え…? 解剖学なら技工学校で習ったけど?
まぁ、そんなことを言わずに、もう一度読んでみてください。 学生の頃にはスルーしていたものが、 臨床技工を行う立場になってみて初めて重要だと気付けるものもあります。
単に歯冠しか見ていなかった学生時代から、 臨床技工では歯根や歯肉への流れを意識するようになるのも大きな変化ですね。
また基本的に 今に生きるヒトの歯牙は「環境に適応して進化してきた形態」であると言えます。
統計的にどのような特徴があるのか、 正常な歯列における大きさやバランスはどうなっているのか。 この辺りを正確に把握しておく必要があります。
なるほど、ともすれば天然歯形態こそがもっとも優れた形態なんですね! ……というわけにもいかないのが歯科医療の難しいところです。
ただ、少なくとも「天然歯の特徴の是非」において、 基準とすべき形態であることは確かです。
ではどんな解剖学の教科書を参考にすれば良いのか? 当然気になりますよね。
個人的には、「藤田解剖」がイチオシです。 「あくまで統計値に基づいた客観的な内容」 に終始しており、 非常にオススメな一冊と言えます。
この本には主観評価が殆どありませんので、 膨大なデータの収集と累積をこの一冊が代行してくれる ようなものです。
それでいてこの価格!あまりにも安くありませんか!?
初版以来、半世紀以上内容が改定されていないことからも、 その正当性を少なからず担保していると言えるでしょう。
これまで数多の学会や勉強会から様々な指摘があったはずにもかかわらず、 改定の必要がなかったわけですからね。
A天然歯模刻を行って答え合わせをする
●ひたすら真似る作業は上達に結びつきにくい
百聞は一見に如かず。
本を読んで勉強するのも大切ですが、やはり実物を目で見て確かめなければなりません。 天然歯の形態を覚えるためには、 天然歯模型を見ながら同様に彫っていくのが一番の近道なのです!
……一見、そのように思えます。 上記は決して間違いではありません。
絵を描く工程において、「トレース」という作業があります。 既に出来ている絵や模様の上に薄く透ける紙を重ね、 上からなぞって同様の絵を描いていく手法ですね。
しかし、実際にこれをいくらやっても絵はうまくなりません。 私に言わせれば天然歯模刻も同様の欠点を内包しています。
天然歯模刻をひたすら続けてきたけど、イマイチ臨床に結びつかない…… 模刻は超うまくできるのに、ワックスアップとなると全然形にならない……
こんな経験ありませんか?
私にはありました。
なるほど、トレースは確かに手先のトレーニングとしては秀逸です。 最初はキレイになぞれず、何度も描き直さなければいけないものが、 反復訓練によって一発でキレイな線が描けるようになっていきます。
そしてやればやるほど「真似る能力」は向上していきます。
しかし、 トレースを続けることで元の絵の特徴や全体のバランスが掴めるかと問われれば、 これには疑問が残ります。
慣れるとひたすら線をなぞるだけの単純作業と化してしまい、 一切頭を使わずに出来てしまうのも問題です。
天然歯模刻は絶対に行うべき大切な訓練ですが、 やり方を間違えると努力の割に成果が乏しい結果になる事は 覚えておいて損はないでしょう。
●解剖学的特徴と天然歯模型を照らし合わせる
@では解剖学的特徴の把握が重要であると述べました。
しかし解剖学の本において、 模式図やスケッチ、あるいは写真によって大概的な形態は示されているものの、 それを見ただけでは天然歯の三次元的な形態は把握できません。
また細部の特徴においては抽象的な表現が多いのです。
☆抽象的な表現の例 ・遠心に比べて近心は隅角徴が鋭角である ・舌側咬頭よりも頬側咬頭の方が高い ・隆線は歯根に向かってやや遠心に流れる etc……
隅角徴は近心の方が鋭角とか言われましても、どの程度鋭角なのさ? その角度は?歯牙の種別における差異は? 頬側咬頭の方が高いって、どのくらい? やや遠心って、どのくらい遠心やねん!
こうした疑問に答えてくれるのが天然歯模型です。
つまり、天然歯模型をよく観察して…… 「なるほど、この特徴が本に書いてあったアレか」 「こんな小臼歯が並ぶ歯列にはこんな前歯が並ぶのか」 「外形は平行四辺形って書いてあったけど、どちらかというと台形に見えるな」
こうした発見をしながら特徴を再現してくことが重要なのです。 また天然歯全てに共通するルールというものが存在しています。
それを人から教わるのも重要ですが、 上記の様な事を考えながら模刻を続けていると自ずと見えてくるものでもあります。
歯牙解剖学はあくまで統計に基づいた平均です。
参考にする天然歯模型が解剖学的特徴とどれだけ合致しているかを 見極めるのはもちろん、 歯列や顔貌における歯牙形態の変化に対しても敏感にならなくてはなりません。
言葉やイラストでは表現出来ない「天然歯らしさ」を体得するためには、 天然歯模刻訓練は避けて通れない道だと思っています。
B解剖学的彫刻を行う
最後に行うべきトレーニングが「解剖学的彫刻」になります。
これは世間一般に「自由彫刻」と呼ばれているものでもあります。 要は教科書的な「平均的歯牙」を、見本無しに彫る訓練ですね。
ぶっちゃけ呼び方は何でも良いのですが、 歯牙形態は自由に決めて良いわけではないので、 「解剖学的彫刻」と呼んだ方が正確であると思っています。
これは@とAのミックス技になります。
解剖学的特徴を把握しながら実際の天然歯を再現し、 次いで平均的形態を出来るかぎり天然歯らしく仕上げていく訓練になります。
この際、偉大な先人達が製作した「解剖学的な歯牙見本模型」を参考にするのも有意です。 あるいは、「解剖学的な歯牙見本模型」を完全に模刻してみるのもアリだと思います。
ただし、「解剖学的な歯牙見本模型」はその時点で既に二次創作です。 二次創作の模倣は三次創作となり、得てして一次情報とはかけ離れていく為に注意が必要です。
「漫画家の絵を真似てイラストがうまくなったイラストレーター」の デッサンやパースが狂っていたりするのがこの典型です。
つまり「この模型がすごくいいから、これと同じにしとけばOK!」といった思考に対しては、 少し注意が必要かもしれません。
私は「判断材料を揃えて自ら思考する」のが歯科技工における要点だと思います。 やっぱり、「絶対にこの形態なら間違いない!」というのは無いかもしれないなぁ〜と、
そんな風にも感じる今日この頃です。
以上になります。
如何でしたでしょうか。 今回は実際の練習方法とその意義、及び注意点についてお話させて頂きました。
次回に続くかどうかはわかりませんが、 まだまだ書き足りないことが多いので、機会があれば記事にしてみたいと思います。
天然歯模刻:質感まで完璧に揃えるには多大な労力を要する
ライター 瀬 直
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