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●天然歯の色調理論 03

 


4.ヒトの視覚メカニズムと理想的なシェードテイキングの関係 



ヒトが認識できる光(可視光線)は、物理学的におよそ400〜700nmの電磁波で、波長の短いものから

青紫→青緑→緑→黄→赤オレンジ→赤へと分光分布が移行することを既述しました。

 


歯科においては、一般的に視感測色法による色の直接比較が行われるために分光測光器などを

用いる物理測色法に比べ、観察者の主観や視感覚に誤差を生じやすいのです。

 


ヒトの眼の構造はカメラのそれと類似しており(実は、カメラがヒトの眼を模倣している。)、

レンズを通過した光がフィルムに伝達されるのと同じで、

ヒトの角膜や水晶体などを通った光が網膜に伝達されます。

 

そして……

 

網膜内の2種類の視細胞「錐状体と桿状体(図01c)」は、「色覚と光覚」に分けられ、視神経を介して

カメラのフィルムに相当する脳の視中枢(視覚領)へ伝達されることによって、ヒトは物体として認識

する仕組みです(図01)。

          

右眼と右眼水平断面図2.gif      

図01a〜c ヒトの右眼とその水平断面図

 

視細胞である錐状体は主に「色覚」を司り、物の運動に良く反応し、図01cの網膜に存在します。

 

特に中心窩の中央部直径約2度の範囲に、この錐状体のみが約150,000細胞分布しています(図02a)。

ある観察物の色を一定時間(5秒以上)凝視した場合には、色(光)刺激が継続して脳に伝達される

ことにより、脳はその刺激を緩和する作用を起こします。

 

そこで、ヒトの眼は観察物の色調をニュートラルな「白」に変えようとするために、

色相環上で相対する逆の分光スペクトル、

すなわち補色現象が生じることを認識している必要があるのです。

 

図02bで、「錐状体および桿状体」の視覚物質が分解、変移して行く様子が理解できるでしょう。

 


したがって、シェードテイキングを行なう前には強烈に鮮やかな対象物や極端に明るいものを見る

ことは避け、可能な限り短時間で色調を選択することが望ましいのです。

 

08a-視細胞視覚物質08b-視覚物質の変移2.gif

02a&b 網膜内の視覚物質(錐状体および桿状体)とのその化学変移

 

 

5.クレーの法則 「補色現象の動き」

 

シェードテイキング時に赤茶であるAシェードの色調が、背景である赤紫の歯肉における補色によって、

黄緑であるいわゆる「Bシェードの色調」に見えてしまうことがよく生じます。

 

その1因として、対比効果現象および補色現象が依拠していると言われている。

 

補色対比表(自作).gif補色現象の動き/クレーの法則 

図03 補色関係                    図04 補色現象の動き              

 

【補色残像現象】

注意:

ゲーテがカフェで赤いドレスを着た綺麗な女性に見とれていました。すると、その女性が立ち去った後に、

その女性と全く同じシルエットの今度は青緑色のドレスを着た女性が浮かび上がってきた!

と言う経験から発見されたと言われています。

 

 まじガン見していたのでしょうね。

 

では、ここでその補色残像現象を実験してみましょう。

 

03lb-hosyoku_2.

図05 補色残像現象の実証       

 A.上図05に描かれた赤い四角を30秒間、凝視して下さい。

 

 B.30秒後に、次は右の黒い点に視線を動かします。

 C.「青緑」の四角が見えたでしょうか?

 

補色残像が見えた方は視線を動かすと残像も一緒に動くのを確認できたかと思います。

 

異なる説として……

 

この補色残像現象が実は、脳ではなく眼で起きている現象であるという論証もあります。


眼の網膜には3種類の錐状体細胞の色を認識するための細胞が存在します。

この3種類(L,M,S)の錐状体細胞はそれぞれ長波長(赤)、中波長(緑)、短波長(青)に最も反応する

タンパク質を含んでいます。

 

これらの錐状体細胞が可視光線を吸収する割合で色の感覚が生じ、色が認識される。

全ての光を同等の割合で吸収すると「白」と視認される訳です。

 

赤い四角を見続けると長波長を感じる錐体細胞が疲労し、長波長に対する感度が低くなって行きます。

すると中波長、短波長を感じる錐体細胞の感度が相対的に高い状態になるのです。

その状態で全ての波長が同等である「白」を見ると長波長を感じる力が弱まっているので「青緑」

が浮かび上がります。

 


いずれにしても、補色残像が見えるメカニズムはについては、未だ完全には解明されていないことから、

必ずしも絶対とは言えません。

 

 

明順応と暗順応

図06 桿状体と錐状体の比視感度曲線およびその明順応と暗順応

 

6.明順応と暗順応


視細胞である錐状体は明るい場所でよく働き(明順応)、その感度は桿状体に比べてずっと赤や橙色

の長波長領域に寄っています(最大感度554nm)。


これに対して、桿状体は弱い光に敏感に反応するために、暗い時にフル活動するようにできており

(暗順応)、青や青緑色など短波長領域に感度が増大します(最大感度511nm)。

 

したがって、シェードテイキング時に光源の明るさが十分でなければ、桿状体の有利な活動性によって

青や青緑色など短波長の色が強調されてしまうことになるのです(パーキンエ現象)

 

天然歯肉とガミーマニュアルスケッチ_3次元的色調構造分析に基づくセラミック材の選択

図07a シェードテイキング   図07b マニュアルスケッチ: 3次元的色調構造分析に基づく相当するセラミック材の選択 (補色現象が生じない1分間ほどで行なう必要がある。)。

図24 前歯部11〜13ブリッジ: 完成

図07c 前歯部11〜13ブリッジ: 完成

 

色調分析の際、マニュアルスケッチやカラースライド(図07a&b)によるビジュアル情報も有効である

ものの、歯の構成状態が複雑になると、歯の微妙なニュアンスを捉えることが困難になる時があります。


このマニュアルスケッチによって、歯のどの部分をどのセラミック材で層構造として再現する手法は

既述の如く、補色が生じない瞬時の内に行なう必要があるのです(約1分間)。

 

つまりセラミストには、非常に高度な経験則が必要となるわけです。

 

しかし、補綴装置の絶対数が多いほど、歯牙の層構造をマニュアルスケッチによって、直ぐに

セラミック材に置換える技術を習得して置くことも有効なのです。

 

シェードテイキング時に撮影したカラースライドを参照し、微妙なニュアンスを捉え、製作したメタル

セラミックス補綴装置の素焼き状態で試適を行うことも有意でしょう。

 

この時、ガミー(下でご説明します)とシェードタブ(色見本)を入れて、一緒に写真撮影をしておけば……


歯冠切端部の微細なクラックライン、ハロー効果、デンチン・エナメル境界層の着色および中央部付近

に観察される遊離象牙質や深みのある透明質感など、写真撮影上、再現性が難しい部分も比較、

供覧できます。


この場合、ラボにおける光源下での直接視感測色法も有効であることは言うまでもありません。

 

術者であるセラミストが対象物を2次元的に分析するのか、または3次元的に考察するのかは、

セラミックスの色調的、そして光学的な材料学的特性を熟知したうえでの層構造による色調構成が

成功の鍵となるでしょう。

 

図25 上顎 両中切歯:Vintage AL、両側切歯:セラミックラミネートベニヤ、右側犬歯:メタルセラミック

図08 上顎 両中切歯:Vintage AL、両側切歯:セラミックラミネートベニヤ、右側犬歯:メタルセラミック

 

7.オパール効果を有し、使い慣れたセラミック材を使用しよう!

 

基本的にオパール効果を有する慣れたセラミックス材を使用することが非常に有効です。

そこで、正確な色調を達成するためには、既述の光学的理論、使用する陶材の特性およびセラミック

ファーネスの温度から細かな癖、焼成用トレーの色や焼成物の大きさ等までも

深く理解して置く必要があるのです。

 

 

8.人工歯肉「ガミー」とは?

 

松風Vintage MP(メタルセラミックス用陶材)は13,6〜15,2x10-6K-1(50∼500℃)の幅広い

熱膨張係数を有するため、焼付用メタルは勿論、AGCゴールド24Kフレームから焼付用Co合金に至る

までほとんどのメタルに対応しています。

 

ただし我々は、使い慣れた松風Vintage Halo(メタルセラミックス用陶材)を応用しています。

 

また、このセットには4色のガミーが付属しており、シェードテイキング時の口腔内環境に合わせる

ことができるのです。


図27は上が人工歯肉(後、「ガミー」と記述)付きシェードタブと下にガミー無しの上と同じシェード

タブのみで比色を行っている。

 

ここで上下のシェードタブらが若干、異なることが見てとれるでしょう。

 

上のガミー付きシェードタブの方は、下のシェードタブのみよりも明度が低く、赤みが若干、落ちている

ことが供覧できる。

 


我々が製作する補綴装置において歯肉の無いものは、歯自体の色調が若干ながら明るく、赤みを帯びた

ものである必要があり、装着されて始めて若干、明度と赤みが落ちることを知って置くべきである。

 

したがって、装着時の環境による色調に近づけるために、初めのシェードテイキングからガミーを使用

することが非常に重要です。

 

ガミーとシェードタブ10c-Dr

 図09a 上;人工歯肉(後、「ガミー」と記述)付きシェードタブと下;ガミー無しのシェードタブ

 図09b 臨床例:先ずガミーによる歯肉色のシェードテイキングを行い、次に歯牙の色調を分析する。

装着後

 図09c 装着後のシングルクラウン

 

先ず、ガミーを使用した歯肉色のシェードテイキングを行ない、次に歯牙の色調を分析するのであるが、

上記症例では反対側同名歯が左下のB1 (Vita Classic使用) シェードタブよりも明るかったのです。

 

したがって、A1Bodyに白を少量、混入するものの、白は色調の彩度を低くする作用があるために、

オレンジを若干ながら加えました(現在はホワイトニングモードで対応できる「W 陶材」があるが、

当時は未だ存在していなかった : 図09c)。

 

取り敢えずは、装着まで漕ぎ付けることができました。

 

反対側同名歯の切縁部に若干の透明感の違いが存在するが、

僅かな色調の相違は大きな問題ではないと考えます。

 

むしろ完全に同等なものには、かえって違和感や不調和性を覚えるものです。

 

歯牙形態、表面性状や質感により注意を払うべきでしょう(図09c 参照)。

 

 

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